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千葉裁判判決平成16年1月16日療養費委任払いについて

平成16年1月16日判決言渡
平成12年(ワ)第112号 損害賠償等請求事件
            判      決
            主      文
     1 原告らの請求をいずれも棄却する。
     2 訴訟費用は原告らの負担とする。
            事 実 及 び 理 由
第1 請求
 1(1) 被告国及び被告日本銀行健康保険組合は,別紙当事者目録(省略)の原告番号(以下「原告番号」という。)1の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成
12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告国及び被告千葉銀行健康保険組合は,原告番号2の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告国及び被告安田健康保険組合は,原告番号3の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被告国及び被告経済産業省共済組合は,原告番号4の原告に対し,連帯して50円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 被告国は,原告番号5,7,12,13,15,16,19,22から124までの各原告に対し,各50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 被告国,被告千葉銀行健康保険組合及び被告千葉県農協健康保険組合は,原告番号6の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(7) 被告国及び被告ブリヂストン健康保険組合は,原告番号8の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(8) 被告国及び被告東京金属事業健康保険組合は,原告番号9の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(9) 被告国及び被告三井化学健康保険組合は,原告番号10の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(10)被告国及び被告北陸銀行健康保険組合は,原告番号11の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(11)被告国及び被告千葉興業銀行健康保険組合は,原告番号14の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(12)被告国及び被告ブリヂストン健康保険組合は,原告番号17の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(13)被告国及び被告東京金属事業健康保険組合は,原告番号18の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
(14)被告国及び被告三井造船健康保険組合は,原告番号20の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(15)被告国及び被告東京金属事業健康保険組合は,原告番号21の原告に対し,50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告番号125の原告に対し,連帯して100万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告国は,原告らに対し,朝日,毎日,読売の各新聞の朝刊全国版に別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を同目録記載の条件で1回掲載せよ。
第2 事案の概要

 本件は,健康保険法に基づく保険給付について,施術者が被保険者(患者)から委任を受けて保険者に療養費を請求する受領委任払いがあん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師に認められていないことについて,それが認められている柔道整復師との間で不合理な差別的取扱いがなされているなどとして,原告らが,被告国に対しては国家賠償法1条1項,4条,民法723条に基づき,損害賠償とともに名誉回復措置として謝罪広告の掲載を求め,その余の被告らに対しては民法709条,710条に基づき,損害賠償を求めた事案である。
 1 争いのない事実等
  (1) 原告番号1ないし124の各原告は,いずれもあん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師等に関する法律(以下「法」という。)2条1項による免許を受けて,あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師(以下「あん摩マッサージ指圧師等」という。)を業とするものである。原告番号125の原告(原告全国保険鍼灸師マッサージ師連合会。以下「原告連合会」という。)は,鍼灸あん摩マッサージ指圧の普及・振興を図ると共に,あん摩マッサージ指圧師等による健康保険取扱いを推進し,もって国民の公益に資することを目的として昭和61年9月に結成された権利能力なき社団であり,原告番号1ないし124の各原告は原告連合会の会員である
   (弁論の全趣旨)。
  (2) 被告国は,厚生行政に関し,保険者に対する行政指導などを通じて適正に健康保険を運用する立場にある。被告経済産業省共済組合は,国家公務員共済組合法に基づいて設立され,組合員らに対して保険給付その他の事業を行う法人であり,被告国及び被告経済産業省共済組合以外の被告らは,平成14年法律第102号による改正前の健康保険法(以下「旧健康保険法」という。)22条(上記改正後の健康保険法(以下「健康保険法」という。)4条)以下の規定に基づいて設立された法人(健康保険組合)である(以下,被告国以外の被告らを「被告組合ら」という。)。
(3) あん摩マッサージ指圧師等については,法の適用があるが,その概要は次のとおりである。
  ア 医師以外の者で,あん摩,マッサージ若しくは指圧,はり又はきゅうを業としようとする者は,それぞれ,あん摩マッサージ指圧師免許,はり師免許又はきゅう師
免許を受けなければならない(1条)。
  イ 施術者(あん摩マッサージ指圧師,はり師又はきゅう師)は,外科手
術を行い,又は薬品を投与し,若しくはその指示をする等の行為をしてはならない(4条,3条の2)。
  ウ あん摩マッサージ指圧師は,医師の同意を得た場合の外,脱臼又は骨折の患部に施術をしてはならない(5条)。
(4) 柔道整復師は,柔道整復師法に基づき柔道整復を業とする者である。
   柔道整復師法の概要は,次のとおりである。
  ア この法律において「柔道整復師」とは,厚生労働大臣の免許を受けて,柔道整復を業とする者をいう(2条1項)。
  イ 柔道整復師の免許は,柔道整復師試験に合格した者に対して,厚生労働大臣が与える(3条)。
  ウ 医師である場合を除き,柔道整復師でなければ,業として柔道整復を行なつてはならない(15条)。
  エ 柔道整復師は,外科手術を行ない,又は薬品を投与し,若しくはその指示をする等の行為をしてはならない(16条)。
  オ 柔道整復師は,医師の同意を得た場合のほか,脱臼又は骨折の患部に施術をしてはならない。ただし,応急手当をする場合は,この限りでない。(17条)
  なお,柔道整復とは,骨,筋,関節等に各種の外力が加わることにより生ずる骨折,脱臼,打撲,捻挫の患部を整復することである。
(5) 保険給付制度
  ア 健康保険法は,労働者の業務外の事由による疾病,負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病,負傷,死亡又は出産に関して各種の保険給付を行う保険給
付制度を規定している(1条,52条)。保険給付は,厚生労働大臣の指定を受けた病院若しくは診療所又は薬局(以下「保険医療機関等」という。)における療養の給付(医療の現物給付)が原則である(63条1項,3項)。被保険者は,保険医療機関等から63条1項各号に規定する療養の給付を受けた際,当該保険医療機関等に対して一部負担金を支払い,当該保険医療機関等は,療養に要する費用から一部負担金を控除した額を保険者に請求し,保険者がこれを支払う(74条ただし,療養の給付が困難である場合等に限り,療養の給付に代えて,現金給付である療養費払いが認められている(87条)。健康保険法上,被保険者が施術等の療養を受けた際には,療養に要した費用を一旦施術者に全額支払い,その後そこから一部負担金を控除した額を保険者に請求し,保険者がこれを被保険者に支払うといういわゆる償還払いの方法が原則とされている。
 イ 療養費の受給要件
  (ア) あん摩マッサージ指圧師等について
 a 対象疾患
 慢性病であって医師による適当な治療手段のないものであり,主として神経痛,リウマチなどであって,類症疾患(頸腕症候群,五十肩,腰椎症等の病名であって,慢性的な疼痛を主症とする疾患)については,これら疾病と同一範ちゅうと認められるものに限る。
 b 医師の同意
  医師の同意書又は病名,病状及び発病年月日が記載され,施術の適否が判断できる診断書を要する。
  (イ) 柔道整復師について
  a 対象疾患
   骨折,脱臼,打撲,捻挫
  b 医師の同意
  骨折及び脱臼については,医師の同意を要する。ただし,応急手当の場合は,医師の同意は必要ではない。
 (6) 受領委任払い
 柔道整復師から施術を受けた被保険者に対する療養費の支給については,平成11年10月20日付け厚生省老人保健福祉局長及び同省保険局長から都道府県知事宛の「柔道整復師の施術に係る療養費について(通知)」(老発第682号・保発第144号)により,受領委任払いの方法が認められている。この制度の概要は,あらかじめ当該柔道整復師の所属する社団法人と保険者との間で団体協定(柔道整復師個人の場合は契約)を締結しておき,被保険者が柔道整復師から施術を受けた際には,被保険者と当該柔道整復師との間で療養費の受領・請求行為の委任をした上,被保険者において一部負担金を支払い,その後,当該柔道整復師は,一部負担金を控除した額を保険者に請求し,これを受領した上,被保険者に対する受領金返還債務と残金請求権とをは,昭和25年1月19日付けで,都道府県知事宛に,「按摩,鍼灸術にかかる健康保険の療養費について」と題する通知(保発第4号。以下「保発第4号」という。)を発出し,都道府県知事を通じてこれを各健康保険組合等に周知させたが,この通知により,受領委任払いの方法をとることは認められていない。保発第4号の内容は,「標記については療術業者の団体と契約の下に,これを積極的に支給する向もあるやに聞き及んでいるが本件については従前通り御取扱いを願いたい。従ってこの施術に基づいて療養費の請求をなす場合においては,緊急その他眞に已むを
得ない場合を除いては,すべて医師の同意書を添付する等,医師の同意があったことを確認するに足る証憑を添えるよう指導することとして,その支給の適正を期することと致されたい。」というものである。
  あん摩マッサージ指圧師等については,保発第4号が発出される以前から受領委任払いは認められておらず,償還払いの方法がとられており,保発第4号はその趣旨を
確認したものである。
 ところで,あん摩マッサージ指圧師等についても,保険者である健康保険組合が独自に受領委任払いを認める場合もあるが,被告組合らはこれを認めず,償還払いの方法を採っている(以下,被告らが,柔道整復師には受領委任払いを認め,あん摩マッサージ指
圧師等にはこれを認めない取扱いを「本件取扱い」という。)。
(7) 療養費の請求と支払拒否
  本訴提起前に,原告番号1の原告は被告日本銀行健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号号2の原告は被告千葉銀行健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号
3の原告は被告安田健康組合に対し患者1名につき,原告番号4の原告は被告経済産業共済組合康組合に対し患者1名につき,原告番号6の原告は被告千葉銀行健康保険組合及び被告千葉県農協健康保険組合に対し患者各1名につき,原告番号8の原告は被告ブリヂストン健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号9の原告は被告東京金属事業健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号10の原告は被告三井化学健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号11の原告は被告北陸銀行健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号14の原告は被告千葉興業銀行健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号17の原告は被告ブリヂストン健康保険組合に対し患者2名につき,原告番号18の原告は被告東京金属事業健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号20の原告は被告三井造船健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号21の原告は被告東京金属事業健康保険組合に対し患者1名につき,それぞれ受領委任払いの形式で療養費の請求を行ったが,いずれも療養費の支払(支給)を拒否された。
2 争点
(1) 本件取扱いは合理性があるか。
  ア 原告らの主張
  健康保険制度における療養費の支給については,患者が医療機関に対し,一旦医療費を払った後,健康保険から要した医療費の支給を受ける方法(後払い方式)と患者が医療機関において医療を受け,要した医療費は患者から医療機関に対する保険給付の受領委任の下,健康保険から医療機関に対し,直接支給されるという方法(受領委任方式)が考えられる。このどちらの制度を採るかは,国民の医療給付を受ける機会の確保と保険給付の適正さの確保という2つの要請を勘案しつつ,行政庁の裁量の範囲内で決定される。後払い方式の場合は,国民の医療を受ける機会は減少するが,医療機関による不正受給という問題は減少
する。受領委任方式の場合は,国民の医療を受ける機会は増すものの,不正に保険給付を受ける余地が大きくなる。
  結局,受領委任方式を認めるか否かは,当該医療機関が不正受給を行わない(保険給付の適正を害するおそれのない)医療機関であろうという評価,国民の医療を受ける機会を確保する要請が高いか否かの評価の下で判断される。
  健康保険法は,あん摩マッサージ指圧師等及び柔道整復師については,保険医療機関とはしないものの,一定の要件を満たした場合には療養費の支給を認め,事実上健康保険が適用されることとなっている。そして,あん摩マッサージ指圧師等を規制する法
と柔道整復師を規制する柔道整復師法には,資格,免許,施術所の要件,業務に関する規制,監督,罰則のいずれにも違いがないから,あん摩マッサージ指圧師等と柔道整復師に対する社会的信用,国民のこれら医療を受ける機会の保障の必要のいずれについても別異とする根拠はない。それにもかかわらず,厚生労働省は,柔道整復師については受領委任払いを認めながら,あん摩マッサージ指圧師等についてはこれを認めないという差別的な取扱いをし,これにより,あん摩マッサージ指圧師等を利用した患者は,一旦全額を支払い,その後自ら療養費を請求するという煩瑣かつ負担のある手続が強要されているが,このような取扱いには何ら合理的な根拠がない。
  被告国は,柔道整復師については,柔道整復師法17条で,脱臼,骨折の患部に応急手当として施術する場合に医師の同意を要しないとしていることをもって,受領委任払いを認める根拠の1つとしているが,この点は受領委任払いの問題とは直接関係がない(一方は実体的要件,他方は請求手続上の問題である。)上,双方の資格に関する規定全体からみると,業務の性質に基づくわずかな違いでしかなく,両者の社会的信用にも,国民の当該医療を受ける機会を保障する必要性にも,何ら関係のないことである。
  また,医療保険審議会は被告国が設置した機関であり,その柔道整復等療養費部会の平成7年9月8日付け意見は,責任を免れる根拠とはならない。
  よって,本件取扱いは合理性がない。
  イ 被告らの主張
  健康保険法は,厚生労働大臣の指定を受けた保険医療機関等において
のみ,医療の現物サービスの提供としての療養の給付を受けることができる旨規定している。これは,現物給付たる療養の給付は療養そのものが保険給付されるものであることから,医療保険の運営の効率化,給付内容の適正化等を担保するための様々な規定が適用される特定の機関に限り実施されることが適当であるからである。これに対し,保険医療機関としての指定を受けていない者に係る療養費の支給につき,実質上医療の現物サービスの提供と同様の意味を持つこととなる受領委任払いを認めることは,健康保険法が保険医療機関の指定制度を採用した上記趣旨を没却することになる。したがって,健康保険法は,療養費の支給につき,原則として(例外的な場合を除き),受領委任払いの方法によることを認めていないものと解される。なお,健康保険法による給付につき療養の給付を原則としたのは,緊急に療養を受けることができなくなるおそれを避けるためである。また,健康保険法による給付は,医療の現物サービスの提供としての療養の給付を原則とし,それが困難である場合等に限り,療養の給付に代えて,現金給付である療養費払いが認められている。したがって,療養費の支給に当たっては,当該施術が受給要件を満たしていることが前提となるところ,受領委任払いは,施術の内容や額等につき被保険者から確認することができないまま施術者より請求がなされることから,不正請求や業務範囲を逸脱した施術を見逃す危険性が大きいといわざるを得ない。
  ところで,柔道整復については,施術を行うことのできる疾患は外傷性のもので,発生原因が明確であり,他疾患との関連が問題となることが少ないから,不正請求や業務範囲を逸脱した施術等といった弊害が生じる可能性が低いことに加え,整形外科医が不足した時代に治療を受ける機会の確保等患者の保護を図る必要があり,かつ,柔道整復師法17条ただし書に基づき,応急手当の場合には,医師の同意なく施術ができること等医師の代替機能をも有するところ,緊急に療養を受ける必要がある場合に療養費を後払いとすると,被保険者は一時的に療養費を立て替えなければならなくなり,その結果,緊急に療養を受けることができなくなるおそれがある。したがって,柔道整復については,受領委任払いを認める合理的理由がある。
  これに対して,あん摩・マッサージ,はり,きゅうに係る療養費の対象疾患の多くは,外傷性の疾患ではなく,発生原因が不明確で,治療と疲労回復等の境界が明
確でないことから,施術を行う前に保険者が支給要件の確認をすることができない受領委任払いを認めることは,上記の弊害が生じる危険性が大きいし,対象疾患も慢性的な疼痛を主症とする疾患であり,緊急に治療が必要な疾患ではないから,現物給付的な取扱いとする特段の理由がない。
  さらに,あん摩・マッサージ等に係る療養費について受領委任払いを認めた場合,対象疾患の関係で,施術が行われた後に支給対象外と判断される場合が少なくな
いのであり,そうすると,被保険者は,施術に係る費用の全額から一部負担金として支払済みの金額を控除した額を再度施術者に支払わなければならなくなり,施術料金の支払いの手続が煩雑となる一方,施術者も被保険者から施術料金を徴収するという負担が生じる。

これに対し,柔道整復の場合は,療養費の支給対象となるかについて疑義が生じることが少ないから,受領委任払いを認めても,上記弊害が生じるおそれは小さい。
  以上の観点から,医療保険審議会柔道整復等療養費部会の平成7年9月8日付け意見も,柔道整復に係る療養費については特例的に受領委任払いを認めることに肯定的見解を示しており,これに対し,あん摩・マッサージ,はり,きゅうに係る療養費の受領委任払いについては否定的な見解を示しているのである。
 よって,本件取扱いは合理性がある。
(2) 被告国は国家賠償法(以下「国賠法」という。)上の責任を負うか。
  ア 原告らの主張
   (ア) 違法性
    a 原告らの被った不利益
  原告らは,受領委任払いを認められないという差別的取扱いを受けたことにより,以下のような不利益を被った。
   (a) 平成4年度の柔道整復師の施術に対する療養費の推計額は約2048億円であるのに対し,あん摩マッサージ指圧師等の施術に対する療養費の推計額
はわずかに65億円に過ぎない。これを1人当たりの年間保険取扱額としてみると,柔道整復師が825万円であるのに対し,あん摩マッサージ指圧師等は僅かに10万円で
あり,80分の1である。このようにあん摩マッサージ指圧師等について療養費の支給が低廉であることにより,あん摩マッサージ指圧師等の治療院経営上重大な圧迫を受け,経済的不利益を被った。
  (b) 柔道整復師のように受領委任払いという便宜的な手続の利便を得られないことにより,あん摩マッサージ指圧師等は,患者から施術者としての力量が十分でないと判断さ
れ,信頼関係を阻害するという不利益を受けた。
  (c) 受領委任払いを認めないという健康保険法上の取扱いの違いは,あん摩マッサージ指圧師等の資格が,国の制度上,柔道整復師の下にあるとの評価を故なく醸成するものであり,あん摩マッサージ指圧師等の社会的評価及び原告連合会の社会的評価を低下させた。
  (d) あん摩マッサージ指圧師等は,柔道整復師と比較して,不利益に扱われるべき何らの理由もないにもかかわらず,著しく不利益な扱いを受けてきたも
のであり,原告らは,その名誉感情を侵害され,耐え難い精神的な苦痛,屈辱感を受け
てきた。
  b 裁量権の逸脱
  健康保険法63条の「療養の給付」をいかなる者に対して行うか,「給付」の方法をどのようなものにするかは,所管庁である厚生労働省の裁量に委ねられているが,法の執行機関である行政庁が,明文で法律の委任があった場合でもなく,単なる取扱いによって差
別的取扱いを行おうとする場合には,法律上,区別を予定されてい
るか否かという裁量権の枠がはめられているというべきである。
  そして,上記(1)ア記載のとおり,本件取扱いには何ら合理的理由がないにもかかわら
ず,厚生省保険局長は,昭和25年1月19日にあん摩マッサージ指圧師等について受領
 委任払いを認めない旨の保発第4号を発出し,その後,歴代の厚生省保険局長によってこの方針が追認され,あん摩マッサージ指圧師等については受領委任払いが認められてこなかったのである。
  厚生労働省は,健康保険法の趣旨に則り,適正な厚生行政を行うべきであり,不合理な差別的取扱いを行うことは裁量権の逸脱であって許されないものである。

上記のとおり,被告国は,何ら合理的な根拠がないにもかかわらず,あん摩マッサージ指圧師等に受領委任払いを認めてこなかったものであり(柔道整復師に認め,あん摩マッサージ指圧師等に認めないのは,恣意的運用というほかない。),かつ,これによっ
て原告らの被った不利益は上記aのとおり重大であるから,与えられた裁量権を逸脱した
ものである。
 なお,区別が合理的であるか否かは,健康保険法によって保護された利益であるか否かではなく,区別を正当化できる理由があるか否かによって判断されるべきであり,また,
原告らは,本件取扱いにより直接的に不利益を被っているから,反
射的利益論は相当ではない。
  以上によれば,本件取扱いは,被告国の裁量権を逸脱し,原告らに重大な不利益を及ぼすものであるから,違法性を有する。
   (イ)厚生労働省保険局長は,あん摩マッサージ指圧師等に受領委任払いを認めなければ,健康保険取扱高に差異が生じ,あん摩マッサージ指圧師等が患者を獲得す
る機会を減少させるであろうこと,その結果,柔道整復師の方が社会的評価が高くなるであろうことを容認しており,故意が認められる。仮にそうでないとしても,そのような結果を
生じさせたことにつき,重大な過失があるというべきである。
 (ウ) 損害
 上記(1)ア記載のように,あん摩マッサージ指圧師等は,柔道整復師と比較して,不利益に扱われるべき何らの理由もないにもかかわらず,著しく不利益な扱
いを受けてきたものであり,原告連合会以外の原告らが名誉感情を侵害され,耐え難い精神的な苦痛,屈辱感を受けてきたことは明らかである。同原告らが長年受けてきた経済的損害,患者との関係での無力感,社会的な地位維持の妨害等に照らすと,同原告らの精神的な苦痛に対する慰謝料としては50万円を下らない。
  また,原告連合会については,全国のあん摩マッサージ指圧師等に対する適正な健康保険上の取扱いを目指した被告国等への改善申入れや,実際の療養費の請求の代理手続等においても被告らから理由なく無視されるような屈辱的かつ不当な扱いを
受け,団体としての名誉感情が侵害され,社会的評価が低下した。その損害額は100万円を下らない。
 (エ) 因果関係
 被告組合らがあん摩マッサージ指圧師等に対して受領委任払いを認めないという取扱いは,被告国の行政指導(保発第4号)に基づいて行われたものである
から,原告らの受けた名誉感情の侵害,社会的評価の低下という損害と被告国の違法な行政指導との間には,相当因果関係がある。
 (オ) 被告国の責任
 よって,被告国は,原告らに対し,国賠法1条1項に基づき,損害賠償義務を負うととも
に,原告らの名誉の回復措置として,国賠法4条,民法723条に基づき,謝罪広告を掲載するのが相当である。
 イ 被告国の主張
 (ア) 国賠法上の違法
 以下の理由により,本件取扱いについて被告国に国賠法上の違法はない。
 a 職務上の義務
 公権力の行使に当たる公務員の行為が国賠法1条1項の違法と評価されるためには,当該公務員が損害賠償を求めている国民に対して個別具体的な職務上
の法的義務を負担し,かつ,当該行為が上記のような法的義務に違背してされた場合をいうものである。そして,当該公務員の行為が国賠法上違法と評価されるためには,当該
公務員の有する義務が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務であることが必要となるが,当該義務の前提となる法規が損害賠償を求めている当該個別の国民の権利利益の保護を目的としていない場合には,当該公務員は,そのような職務上の法的義務を負担することもない。

これを健康保険法についてみると,健康保険制度は,被保険者及び被扶養者の生活の安定を要請したものであり,同法には,療養費の支給につき施術者の権利利益の保護を目的とした規定は存在していない。そうすると,療養費の支給方法について,当該公務員が,原告らとの関係で,柔道整復師とあん摩マッサージ指圧師等を同じ取扱いを
しなければならない職務上の法的義務はない。
 b 反射的利益
 国賠法1条1項の違法があるというためには,国家賠償を請求する者の主張する利益が単なる反射的利益では足りず,法律上保護されていることを要するものと解すべきである(最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小
法廷判決・民集43巻10号1169頁)。そして,公務員が法規に違反した行為をしたとしても,当該個人の法律上保護された利益を侵害していない限り,当該個人との関係では職務上の義務を負担しておらず,違法性は否定されるというべきである。療養費は,保険者が療養の給付等をなすことが困難であると認めたとき等に被保険者及びその被扶養者に対して支給されるものであって,被保険者等の生活の安定を図るためのものである。このように,健康保険制度は,被保険者等の生活の安定を図るための制度であって,施術を行う者の利益を保護しているものではない。すなわち,療養費の支給について受領委任払いを認めた場合に,施術を行う者に何らかの利益があるとしても,それは法律上保護された利益ではなく,保険者が被保険者に療養費の支給を行う際の手続により生じるいわば反射的利益にすぎない。原告らは,反射的な利益を得られないことが不合理であると主張しているに過ぎないのであるから,原告らの主張する利益は,法律上保護された利益ということはできない。
 c行政庁の裁量
 一般に,一定の行政権行使の要件が法定され,当該要件を満たす場合に行政権を行使しなければならないとされているときは,当該要件を満たす場合に作為義務が認められるのに対し,行政権行使の要件は定められているものの,行政権を行使するか否かにつき裁量が認められている場合や,行政権行使の要件が具体的に定められていない場合には,直ちに作為義務が生じることはないと解されている。そして,健康保険法87条の規定からすると,具体的にいかなる方法によって療養費を支給するかということについては,行政庁の合理的な裁量に委ねられていると解される。このように行政権の行使に裁量が認められる場合には,原則として作為義務は生じないが,行政権の行使を行
政庁の裁量に委ねた法の趣旨,目的,裁量の幅の大小,規制の相手方及び方法についての法の定め方を前提として,当該行政権不行使の前後にわたる一切の事情を評価の対象とし,当該行政権の不行使が著しく合理性を欠くと評価される場合に限り,作為義務が認められ,国賠法1条1項の「違法」が認められると解すべきである。
  保険給付に関しても,保険制度を維持していく上で必要な諸般の
事情を考慮しなければならないことは明らかであり,本件においても,療養費の支給方法
につき,被告国の公務員の行為が裁量権を濫用,逸脱した場合にのみ国賠法上違法となるというべきである。

そして,上記(1)のように,あん摩マッサージ指圧師等に受領委任払いを認めない取扱いは何ら不合理なものではなく,被告国の公務員の行為が裁量権を濫用,逸脱したものとはいえない。
 d 名誉及び名誉感情
 名誉毀損とは,人に対する社会的評価を低下させる行為であり,客観的な社会的評価が被侵害利益であると解される。しかし,原告らは,受領委任払いが認められていないことが不合理な差別であり,それ故名誉を毀損されたと主張しているだけであって,受領委任払いが認められないことによって,なにゆえ客観的な社会的評価が低下するのか明らかでない。

 また,名誉感情とは,自己自身で与える自己の人格的価値に対する評価であるところ,このような感情は主観的な感情の領域の問題であるから,無条件に法的保護の対象となるものではなく,その態様,程度等からして社会通念上許される限度を超える名誉感情
に対する侵害に限って,人格権の侵害として損害賠償の対象たりうるものと解される。

 原告らは,柔道整復師に比べて受領委任払いが認められていないことが名誉感情の侵害であるというに過ぎず,これをもって,社会通念上許される限度を超える名誉感情に対する侵害であるということはできない。
 (イ) 損害
 上記(ア)d記載のとおり,本件取扱いが原告らの社会的評価を低下させたということはできないし,また,本件取扱いによって原告らが社会通念上許される限度を超えて名誉感情を侵害されたということもできない。したがって,原告ら主張の損害は生じていない。
 (3) 被告組合らが不法行為責任を負うか。
 ア 原告らの主張
 (ア) 違法性
 a 平等原則の適用
 被告組合らを含む健康保険組合は,私人であり,本来私的自治の原則が妥当し,誰に対して保険給付をなすか,どのような方法でなすかは自由であるはずのものである。しか
し,健康保険組合は,国の実施する健康保険行政に組み込まれ,その実施,運用の一翼を担うことを法定されているものであり,まさに法規によってこれら
の事業を実施しているのである。すなわち,健康保険法上,健康保険組合自体が一定の場合には強制的に設立されなければならないものとされている(14条)。また,被保険者
資格の取得,喪失も法定されており(35条,36条),手続的にも,一定の場合には,厚生労働大臣の審査を受けた上で保険給付の支払いを行うものとする等の扱いが法定され
ている(76条4項)。このように,被告組合らの業務は,きめ細かな健康保険業務の実現のために国の施策をこれに代わって実施しているものであること(代替性),各健康保険組合の権限が法規によって与えられているものであること(権限の由来),その業務の性質が国民の医療機会の充実,費用面での保護という共通の利益を目的としていること(業務自体の公共性)など,被告組合らは,業務の遂行に関して国に準じた地位に置かれている。
  もともと,憲法の規定する平等原則は,公的機関による正当な理由のない不平等扱いを禁止することにより,国民間の公平な取扱いを実現せんとするものであるが,法規を根拠として公的機関に代わって代替的に公共的業務を遂行する機関にも平等原則が適用されることは当然である。
 b 本件における違法性
 原告番号1から4まで,6,8から11まで,14,17,18,20,21の各原告は,被告組合らに受領委任払いの形式で療養費の請求を行ったが,何ら合理的理由がないのに,その支払を拒否されるという,柔道整復師に比べて差別的取扱いを受けたことにより,名誉感情を侵害され,社会的評価を低下させられた。
  また,同原告らからの保険給付請求は全て原告連合会を通じて行
っており,直接的に拒否の通知を受けたのは同原告であるから,同原告の名誉感情を侵害し社会的評価を低下させた。
 (イ) 故意,過失
 保発第4号は,あくまでも行政庁が被告組合らに対して任意の協力を呼びかけ,行政目的を達しようとするもので,行政指導に当たるところ,行政指導は,あくまでも私人が任意に従うことを要求するものであり,これに従うことが罰則等によって強制されているわけではないので,これを受けた私人が行政指導に従って違法な行為を行った場合には,行政指導を受けた側の任意の判断で行われたものであるから,責任を回避する理
由とはならない。

 そして,保発第4号は,昭和25年1月19日に発せられているが,禁止されたはずの「柔道整復師と保険組合等との協定」は存続し続けているし,被告国は,保発第4号に違反している柔道整復師に対して何らの不利益な取扱いもしていない。

 しかも,昭和63年に至り,違法とされたはずの「施術業者との協定」を追認している。さらに,あん摩マッサージ指圧師等に対しても,現実に多くの健康保険組合は受領委任払いを認めているが,これは,厚生労働省の指導に従わず,独自の判断で支払いをしているのである。
 そうすると,被告組合らが保発第4号に従ったことによって免責されるものではない。
 (ウ) 損害
 被告組合らの行為により,原告らは,上記(2)ア(ゥ)と同様の損害を被った。
 (エ) 因果関係
 被告組合らの差別的取扱いにより原告らが上記(ウ)の損害を被ったものであるから,被告組合らの差別的取扱いと原告らの被った損害との間には相当因果関係がある。
 (オ) 被告組合らの不法行為責任
 よって,被告組合らは,民法709条,711条に基づき,被告国と連帯して損害賠償義
     務を負う。なお,上記(ア)bの支払拒否の理由は,被告国が発した保発第4号あるから,被告国と被告組合らとは共同不法行為の関係にある。
 イ 被告組合らの主張
 (ア) 違法性
 一般に,民法709条等の違法性の判断基準については,被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係において考察されるべきものであり,被侵害利益が強固であれば行為の不法性が小さくとも違法性が肯定されるが,被侵害利益が強固で
ないときは行為の不法性が大きくない限り違法性は肯定されないと解されている。
  そして,原告らの主張する被侵害利益は,名誉あるいは名誉感情であると解されるが,受領委任払いを認めないことで,何故客観的な社会的評価が低下するのかが明らかではないし,また,そのことが,社会通念上許される限度を越える名誉感情に対する侵害であるということもできない。
  また,上記(2)イ(ア)で述べたとおり,被告国があん摩マッサージ指圧師等について受領委任払いを認めないことは何ら違法ではないから,被告組合らがあん摩マッサージ指圧師等について受領委任払いを認めないことも何ら違法ではない。
 (イ) 故意,過失
 健康保険組合は,厚生労働大臣の監督下に置かれているところ,本件の場合,昭和25年1月に,当時の厚生省保険局長が,療養費の支給をあたかも現物給付のように取り扱うことは認められない旨の通知(保発第4号)を発出しているのであるから,被告組合らが,上記通知に従い,あん摩マッサージ指圧師等に係る療養費につき受領委任払いを認めなかったからといって,故意又は過失があったということはできない。
第3 当裁判所の判断  
 1 争点(1)について
 (1) 認定事実
 上記第2の1の事実に,証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
 ア 療養の給付の趣旨等
 健康保険法による保険給付は,保険医療機関等における疾病等の治療を目的とした一連の医療そのものの給付,すなわち療養の給付を原則としている(旧健康保険法43条1項,3項,健康保険法63条1項,3項)。そして,被保険者は,保険医療機関等から療養の給付を受けた場合には,当該保険医療機関等に対し,一部負担金を支払い(旧健康
保険法43条の8,健康保険法74条1項),当該保険医療機関等は,療養に要する費用から一部負担金を控除した額を保険者に請求し,保険者がこれを支払う(旧健康保険法43条の9,健康保険法76条1項)。
 このような療養の給付は,厚生労働大臣の指定を受けた保険医療機関等においてのみ受けることができる(旧健康保険法43条1項,3項,健康保険法63条1
項,3項)。これは,給付対象となる療養については,保険者が確認することなく療養そのものが被保険者に給付されるため,健康保険制度の効率的な運営,給付内容の適正化などを担保することのできる保険医療機関等においてのみ実施させることが適当であるためである。

 このような趣旨から,健康保険法において,当該保険医療機関等は,① 療養の給付に関し厚生労働大臣の指導を受けること(旧健康保険法43条の7,健康保険法73条1項),② 厚生労働大臣の求めに応じて診療録,帳簿書類その他の物件の検査を受けること(旧健康保険法43条の10,健康保険法78条1項),③ 療養の給付に関する費用の請求について不正があったときは当該保険医療機関等の指定を取り消されることがあること(旧健康保険法43条の12,健康保険法80条3号)などが定められている。
 イ 療養費の支給要件
 健康保険法による保険給付は療養の給付が原則であるが,保険者が療養の給付等を行うことが困難であると認めるとき,又は保険医療機関等以外の者から診療,手
当等を受けた場合において保険者がやむを得ないと認めるときは,その費用の一部を事後的に療養費として支給できる(旧健康保険法44条の2,44条の3,健康保険法87条)。

療養費の支給(現金給付)は,療養の給付(現物給付)の補完的役割を果たすものであり,被保険者は,現物給付と現金給付の選択の自由を与えられているものではない。
 療養費支給の具体的事例としては,① 無医村等で保険医療機関がないか又は利用できない場合において,応急措置として売薬を服用した場合,② 治療用装具,
③ 柔道整復師による施術,④ あん摩マッサージ指圧師等による施術,⑤ 生血等が挙げられる。
 ウ 療養費の支給方法
 健康保険法は,療養費の支給方法について具体的な規定を設けず,「療養費を支給することができる」(旧健康保険法44の2,健康保険法87条1項)とのみ規定しているところ,被保険者による療養費の流用,療養費の不正請求,業務範囲を逸脱した施術等の弊害を回避するため,療養費は,原則として,償還払いの方法(後払いの方法)がとら
れている。

すなわち,償還払いは,被保険者が療養を受け,施術料を施術者に支払った後,療
養費支給申請書に被保険者が傷病名とその原因,手当の内容及びその期間等健康保険法施行規則66条所定の事項を記載し,費用の額を証する書類(施術料の領収書)を添付して保険者に療養費を申請するという方式であり,療養費の支給に先立って施術の内容や額等について被保険者から確認することができるため,不正請求や業務範囲を逸脱した施術等がなされる可能性を少なくすることができるものである。
 エ 柔道整復に係る療養費の取扱い
 (ア) 支給対象
 柔道整復における療養費の支給対象となる疾患は,急性または亜急性の外傷性の骨折,脱臼,打撲(急性または亜急性の介達外力による筋,腱の断裂を含む。),捻挫であり,内科的原因による疾患は含まれない。このうち骨折及び脱臼については,応急手当の場合を除き,医師の同意が必要である(柔道整復師法17条)。

 ただし,通達により,実際に医師から施術について同意を得た旨が施術録に記載してあることが認められれば,必ずしも医師の同意書の添付を要しないものとされ(昭和31年医発第627号),さらに,「施術録に記載してあることが認められれば」とあるのは,給付支給事務取扱上いちいち保険者において施術録を調査した後でなければ支給を行ってはならないという意味ではなく,疑わしいものについて調査を行う場合を予想するものである,とされている(昭和31年保険発第140号)。
 (イ) 支給方法
 戦前において,整形外科担当の医療機関や医師が不足していたことや,骨折等の場合にも医師の診療を受けるより柔道整復師の施術を受ける患者が多かったことなどの沿革的理由から,健康保険組合等の保険者は,昭和11年に各都道府県ごとに所在の柔道整復師会と協定を締結し,受領委任払いを認めてきた。昭和62年ころ,関東地方を中心に,社団法人日本柔道整復師会(以下「日本柔道整復師会」という。)以外の団体所属の柔道整復師からの受領委任払いの請求に対し,請求書の返戻及び支払いの保留を行う保険者が相次いだ。

 このような対応につき,福島,東京等で,一部の団体所属の柔道整復師のみを優遇する措置は違法であるとして被告国らを相手方として訴訟が提起された。この訴訟は,訴訟外で和解協議が続けられ,この協議に基づき,昭和63年7月14日付けで厚生省保険局長らから保発第89号及び厚生省保険医療課長から保険発第76号が発出され,日本柔道整復師会所属でない柔道整復師についても同様の取扱いを行うべき旨が全国に通知された。これにより,日本柔道整復師会に所属している柔道整復師については,従来どおり,都道府県ごとに所在する柔道整復師会との協定により受領委任払いが認められ,それ以外の柔道整復師については,都道府県知事と契約を締結することにより,受領委任払いが認められることとなった。

そして,昭和63年8月,被告国が従来の取扱いを改めるなどの裁判外の和解が成立し
て,訴えは取り下げられた。
 その後,平成11年10月20日付けで厚生省老人保健福祉局長・同省保険局長から都
道府県知事宛に「柔道整復師の施術に係る療養費について(通知)」(老発第682号・
保発第144号)が発出され,柔道整復師の受領委任の取扱いについて改正がされたが,
平成12年1月1日から適用される同通知には,以下の定めがあり,受領委任払いの取扱いが認められている。
 a 受領委任の取扱いを希望する柔道整復師は,同通知に添付された「協定書」の協定又は「受領委任の取扱規程」に定める事項を遵守することについて(施術所の所在地の)
都道府県知事等(日本柔道整復師会所属の柔道整復師については
都道府県柔道整復師会長も含む。)に確約した上,受領委任の届け出又は申し出をしな
ければならない。
 b 都道府県知事等は,柔道整復師が同協定又は同規程に定める事項を遵守しなかった場合や療養費の請求内容に不正等がある場合には受領委任の取扱い
を中止する。
 c 受領委任の取扱いをする柔道整復師は,受領委任に係る施術に関する施術録をその他の施術録と区別して作成しなければならない。
 d 都道府県知事等は,必要があると認めるときは,施術に関して指導又は監査を行い,帳簿及び書類を検査し,説明を求めることができる。
 オ あん摩マッサージ指圧師等に係る療養費の取扱い
 (ア) 療養費の支給対象
 a あん摩マッサージ指圧について
 医療上の必要があって行われたと認められるマッサージが対象であり,筋麻痺等麻痺の緩解措置としての手技,あるいは関節拘縮等により制限されている
関節可動域の拡大等を促し症状の改善を目的とする医療マッサージについて支給される。
 b はり,きゅうについて
 医師による適当な治療手段のない慢性病で,① 保険医療機関に
おける療養の給付を受けても所期の効果の得られなかったもの,② 今まで受けた治療の経過からみて治療効果が現れていないと判断された場合等である。そして,医師の同意書により,神経痛,リウマチ,頸腕症候群,五十肩,腰痛症,頸椎捻挫後遺症のいわゆる6疾患であることが確認できれば,個別に判断することなく①②の要件を満たして療養費の支給対象とされる。
 (イ) 医師の同意
 被保険者が療養費を請求する場合には,緊急その他真にやむを得ない場合を除き,支給申請書に医師の同意書(又は病名,症状及び発病年月日が記載され,施術の適否が判断できる診断書)を添付する扱いとなっている(保発第4号,昭和42年保発第32号)。なお,通達により,あん摩マッサージ指圧師等の施術に関し,診断書の交付を患者から医師が求められた場合には,適切な対処がなされるよう配慮すべきとされ(平成5年医事第93号,保険発第116号),また,初療の日から3か月を経過した時点において,更に施術を受ける場合には,実際に医師から同意を得ていれば必ずしも医師の同意書の添付は要しないものとされている(昭和61年保発第37号,昭和63年保険発第59号)。
 (ウ) 支給方法
 保険者のうち,約7割はあん摩マッサージ指圧師等に受領委任払いを認めているが,被告国及び被告組合らはこれを認めていない。
 カ 柔道整復師とあん摩マッサージ指圧師等の共通点・相違点等
 (ア) 療養費と就業人口
 平成11年度の柔道整復に係る療養費は2655億円であるが,同年度のあん摩・マッサ
ージ,はり,きゅうに係る療養費は159億円である。
 また,平成10年度の柔道整復師の就業人口は2万9087人であ
るのに対し,同時点で就業しているあん摩マッサージ指圧師は9万4655人,はり師は6
万9236人,きゅう師は6万7746人(あん摩マッサージ指圧師等の合計は23万16
37人)である。
 (イ) 法制度上の共通点
 a 受験資格
 いずれも,学校教育法56条の規定により大学に入学することの
できる者で,3年以上,文部科学省令・厚生労働省令で定める基準に適合するものとし
て,文部科学大臣の指定又は認定した学校又は厚生労働大臣の指定又は認定した養成施設において解剖学,生理学,病理学,衛生学その他柔道整復師又はあん摩マッサージ指圧師等となるのに必要な知識及び技能を修得した者について受験資格が認められている(柔道整復師法12条,法2条)。
 b 免許の登録
       いずれも,厚生労働省に備え付けてある名簿に登録する方法によ
り行われる(柔道整復
      師法5条,6条1項,法3条の2,3条の3第1項)。
     c 欠格事由
       いずれも,次のいずれかに該当する者には免許を与えないことがあるとされている(柔道整復師法4条,法3条)。
 (a) 精神病者又は麻薬,大麻若しくはあへんの中毒者
 (b) 伝染性の疾病にかかっている者
 (c) 業務に関し犯罪又は不正の行為があった者
 (d) 素行が著しく不良である者
 そのほか,施術所の届出,構造設備等に関する規制,守秘義務,罰則等について同様の規定内容となっている。
 (ウ) 相違点
 脱臼又は骨折の患部に対する施術について,柔道整復師についてもあん摩マッサージ指圧師についても,医師の同意が必要であるが,柔道整復師については,応急手当の場合を例外としている(柔道整復師法17条,法5条)。
 そのほか,はり師に関し,「はり師は,はりを施そうとするときは,はり,手指及び施術
の局部を消毒しなければならない。」との規定がある(法6条)。
 (エ) 鍼灸術は,古来からの臨床的実践の積み重ねにより,鎮痛効果が経験上確認されてきたものであり,わが国においては,昭和48年にはり麻酔が紹介されて以来,臨床上,鎮痛効果のほか血行改善効果,筋肉弛緩効果,体調改善効果があるとされ,そ
の効果等につき多数の研究報告がなされている。
 キ 会計検査院の処置要求
 会計検査院は,平成5年12月3日付けで,当時の厚生大臣に対し,柔道整復師の施術に係る療養費の支給について,会計検査院法34条により,要旨次のとお
り,調査した上,是正改善の処置を要求した。
 近年,柔道整復師の施術に係る療養費は高い伸び率を示していることなどから,療養費は柔道整復師の施術の対象となる負傷について支給されているか,療養費は患者の療養上必要な範囲及び限度で行われた施術について支給されているかなどの観点から,36都道府県所在の94の施術所の平成2年度から平成4年度までの療養費について調査した。

 その結果,医療機関の診療と同時期の施術,内因性疾患に対する施術,多部位施術,長期間施術,定期的な負傷部位の変更,連日の施術,多人数の施術,患者による確認がないまま受領委任状作成など,請求が不適正であったり請求内容に疑義があったりしているのに,十分に審査,確認しないまま療養費が支給されている事態が見受けられた。この事態は適切ではないので,柔道整復師,保険者等に対し,療養費制度及び受領委任制度の趣旨を周知徹底させること,不適正な請求を防止するために算定基準等について所要の改正を行うこと,審査委員会の設置を更に推進するとともに,審査基準を明確にするなど審査体制の整備を図ること,施術所に対する指導,監査の基準を明確にしたり,施術所の施術録等の作成,保管を徹底させたりなどして指導,監査の体制の整備を図ることという改善の処置を執る要がある。
 ク 医療保険審議会の審議結果
 柔道整復,あん摩・マッサージ,はり,きゅうの施術に関し療養費支給の適正化等について専門的観点から検討を行うため,平成6年10月5日,医療保険審議会令5条に基づき,医療保険審議会に柔道整復等療養費部会が設置され審議がなされて,平成7年9月8日付けで「柔道整復等の施術に係る保険給付について」と題する意見(報告)がとりまとめられ,これは同年10月の医療保険審議会全員懇談会において了承された。その概要は以下のとおりである。
 (ア) 柔道整復に係る療養費について,特例的に受領委任払いが認められてきたのは,次のような理由によるものであり,こうした経緯やこれまでの実績を考慮すると,今後もこの取扱いを継続することはやむを得ないものと考えられる。
 a 整形外科医が不足していた時代に治療を受ける機会の確保等患者の保護を図る必要があったこと。
 b 柔道整復師法17条ただし書に基づき,応急手当の場合には,医師の同意なく施術ができること等医師の代替機能をも有すること。
 c 施術を行うことのできる疾患は外傷性のもので,発生原因が明確であることから,他疾患との関連が問題となることが少ないこと。
 (イ) あん摩・マッサージ,はり,きゅうに係る療養費に関しては,柔道整復師との均衡から,受領委任払いを認めるべきであるとの意見があった。しかし,柔道整復師に受領委任払いが認められているのは,あくまでも特例的であること,また,あん摩・マッサージ,はり,きゅうに係る療養費の対象疾患の多くは,外傷性の疾患ではなく,発生原因が不明確で,治療と疲労回復等の境界が明確でないこと等から,施術を行う前に保険者が支給要件の確認をできない受領委任払いを認めることは適当ではない。
 (ウ) 柔道整復に係る療養費の支給の適正化のために,・ 療養費の審査体制の充実(適正かつ公平な審査が確保できる公的な審査委員会を各都道府県に設置するこ
と,審査委員会は,保険者,施術者及び学識経験者(医師を含む。)の3者同数の構成とすること,審査委員会では,全保険者に係る療養費の全数を審査対象とすること,審査委員会の権限を明確化することなど),・ 療養費の審査等の適正化(支給額の算定基準の適正化(長期,多部位の施術に係る逓減性の充実等),審査基準の統一(近接部位の取扱い,所定の申請書による審査基準を統一的に定め,その内容の明確化を図ること,内科的な原因による疾患は支給対象にならないことを審査基準において明確にすること,療養費支給申請書に具体的な負傷原因の記載が行われるようにすること),・ 療養費の指導・監査の実効性の確保(指導・監査を拒否した場合等における契約停止,受領委任の取扱中止の運用の徹底を図るため所要の措置を講ずること,指導・監査の法令上の位置付け)が必要である。
 ケ 国会における審議等
 (ア) 昭和61年12月16日,第107回国会参議院社会労働委員会において,当時の厚生省保険局長は以下のとおり答弁した。
 「療養費の支給は,保険者が行うべき医療給付を事後的に現金によって給付をするというのが原則でございますが(中略)現在現物給付になっていないものについては,保険者が,実際に費用を支払った患者本人の申請に基づきまして,医療保険として給付する必要があるかどうか,内容的に保険としての給付をすることが適当かどうかということを個別に判断するものについては,原則どおり償還払いにしているということになっているわけでございます。」
  (イ) 平成12年11月16日,第150回国会参議院国民福祉委員会において,当時の厚生省保険局長は,以下のとおり答弁した。
 「受領委任制度がなぜ柔道整復だけにあるのか,こういうことでございますが,主として
慣行的といいますか,沿革的な理由であるわけでございまして,整形外科のお医者さんが不足した時代に治療を受ける機会の確保,こういうことで,患者の保護ということで療養給付に近い形を認めたわけでございまして,特に応急手当ての場合には医師の同意なくして手術ができるお医者さんの代替機能を有していた,こういうふうな事情から受領委任払い制度が認められているわけでございまして,これは既に制度の仕組みとして成り立っておりますので今さら廃止ということにはならぬと思います。」
 (ウ) 平成15年6月13日,第156回国会衆議院厚生労働委員会において,厚生労働省保険局長は,以下のとおり答弁した。
 「柔道整復師に係ります療養費につきましては,原則はそういうこ
となんでございますけれども,施術を行うことができる疾患が外傷性のもので,発生原因が明確であることから,他疾患との関連が問題となることが少ないこと,それから,柔道整復師は,捻挫,打撲につきましては医師の同意なく施術を行うことが認められておりまして,骨折,脱臼等につきましても応急手当ての場合には医師の同意なく施術ができるなど,医師のいわば代替的な機能も有している,それから,整形外科医が不足をしていた時代におきまして,被保険者が緊急に治療を受ける機会を確保することができたという歴史的な沿革があるということから,受領委任払いを認めてきているというところでございます。」
 (エ) 平成15年7月8日提出の衆議院議員の質問主意書に対し,内閣は,閣議決定を経た平成15年9月2日付け答弁書において,以下のとおり答弁した。「健康保険法においては,保険医療機関が被保険者に対して療養の給付を行うことが原則とされる一方,第87条第1項により,保険者は,療養の給付を行うことが困難であると認めるとき又は保険医療機関以外の者から診察,手当等を受けたことがやむを得ないと認めるときは,その費用の一部を療養費として支給できることとされている。

柔道整復に係る療養費については,かつて整形外科を担う医師が少なかったこと,柔道整復師は脱臼又は骨折に対する応急手当をすることがあり,その場合には柔道整復師法(中略)第17条により医師の同意を要しないこととされていること等を踏まえ,被保険者がその疾病に対する手当等を迅速に利用することを可能とする観点から,例外的に,受領委任払い(保険者と柔道整復師により構成される団体又は柔道整復師との間で契約を締結するとともに,被保険者が療養費の受領を当該契約に係る柔道整復師に委任することにより,保険者が療養費を被保険者ではなく,柔道整復師に支払うことをいう。)の実施が認められているところである。」
 コ 上記エ(ィ)のとおり,平成11年10月20日付け老発第682号・保発第144号通知に
より,柔道整復師の施術に係る療養費の受領委任の取扱いについて改正がなされたが,受領委任払いの適切な運用ないし適正な実施には困難さが伴う(これは,上記キのとおり,会計検査院より是正改善の処置要求がされたことからもうかがわれる。)ため,前記キで指摘された受領委任払いの問題点は基本的に変わっていない。
 (2) 判断
 ア 健康保険法における療養の給付及び療養費の支給の趣旨等並びに受領委任払
 (ア) 健康保険法は,保険者が被保険者の疾病,負傷等に関して保険給付をすることを目的とするものであり(1条),上記(1)アのとおり,その保険給付は,保険医療機関等における疾病等の治療を目的とした一連の医療そのものの給付,すなわち療養の給付(現物給付)を原則としている。そして,上記(1)アのとおり,被保険者は,保険医療機関等から,上記療養の給付を受けた場合には,当該保険医療機関等に対し,一部負担金を支払い,当該保険医療機関等は,療養に関する費用から一部負担金を控除した額を保険者に請求し,保険者がこれを支払うという制度になっている。このように,健康保険制度は,療養に関する費用を後払いとした場合には被保険者が一時医師に支払う費用を立て替える必要が生じるため迅速な医療を受けることができない可能性があることなどから,現物給付を原則としているものと解される。
 そして,健康保険制度における給付の対象となる療養については,療養そのものが被保険者に給付されるため,厚生労働大臣が指定した保険医療機関等のみに
おいて提供されることとされている。そのため,上記(1)アのとおり,健康保険法におい
て,保険医療機関等は,療養の給付に関し厚生労働大臣の指導を受けること,厚生労働大臣の求めに応じて診療録,帳簿書類その他の物件の検査を受けること,療養の給付に関する費用の請求について不正があったときは当該保険医療機関等の指定を取り消されることがあることなどが定められるなど,厚生労働大臣による指導監督等により,療養の給付が適正になされることが担保されている。
 (イ) 健康保険法87条に基づく療養費の支給については,保険者は,療養の給付を行うことが困難であると認めるとき,又は保険医療機関以外の者から診察,手当
等を受けたことがやむを得ないと認めるときは,現にその費用を事後的に療養費として支給できることとされており,療養費の支給自体が療養の給付の補完的な役割を果たすものと解される。
 そして,療養費については,健康保険法86条3項に規定される特定療養費,85条5項
に規定される入院時食事療養費等とは異なり,現物給付化(保険者が被保険者に代わり医療機関等に支払うこと)を可能とする規定が設けられていない。また,療養の給付を担う保険医療機関等については,その指導監督を含む上記の厳格な指導監督を実施しているのに対し,保険医療機関等以外の者については,そのような指導監督等の手段が用意されておらず,保険医療機関等以外の者が行う療養の給付については,その適正な給付を担保する手段も用意されていない。
 すなわち,健康保険法上,療養費の支給自体が例外として設けられているとともに,療養費の支給を療養の給付のように現物給付化することは,健康保険法の予定していないものと解される。
 (ウ) ところで,受領委任払いは,あらかじめ保険者と柔道整復師の団体又は柔道整復師との間で協定ないし契約を締結しておき,被保険者が柔道整復師からの施術
を受けた際には,被保険者が療養費の請求及び受領を柔道整復師に委任した上,一部負担金を支払い,その後,当該柔道整復師から保険者に対し,一部負担金を控除した額を請求し,受領するものである。
 したがって,受領委任払いは,後払い方式の例外であるとともに,療養費の支給を現物給付化するものといえる。
 また,受領委任払いは,保険者において施術の内容や額等につき被
保険者から確認することができないまま施術者より請求がなされることから,不正請求や業務範囲を逸脱した施術を見逃す危険性が大きいといわざるを得ない。
 そうすると,受領委任払いは,健康保険法上,積極的に容認されて
いるとはいえず,受領
委任払いの取扱いが認められるのはあくまでも特例的な措置といわなければならない。
 イ 柔道整復師に受領委任払いが認められている根拠とあん摩マッサージ指圧師等
 (ア) 柔道整復師に関しては,戦前において整形外科担当の医療機関や医師が不足していたこと,及び骨折等の場合にも医師の診療を受けるより柔道整復師の施術を受ける患者が多かったことなどの理由から,昭和11年から受領委任払いが認められたも
のであり,その後受領委任払い方式によって療養費の支給を受けられる柔道整復師の範囲が拡大したことが認められる。このようにして,被保険者が緊急に治療を受ける機会が確保されたといえる。
 また,骨折,脱臼については,応急手当の場合,医師の同意なく施術できるので,その限りで,医師の代替的な機能も有している。
 この点について,原告らは,医師の同意なく施術できることは実体的要件の問題であるから,請求手続上の問題である受領委任払いとは関係がない旨主張する。

しかしながら,医師の健康保険法における地位に照らすと,柔道整復師が医師の代替的な機能を有していることは意味のあることであり,関係がないとはいえない。
 (イ) ところで,あん摩マッサージ指圧師等は,独自の養成機関を有し,資格を取得するためには国家試験に合格する必要があり,さらに都道府県知事により免許を受ける必要があるのであり,その他,受験資格,免許の登録方法,欠格事由,施術所の届出,構造設備等に関する規制,守秘義務,罰則等に関する法律の規定はいずれも柔道整復師と
共通している。

また,保険者のうち約7割があん摩マッサージ指圧師等に受領委任払いを認めているとこ
ろ,受領委任払いは,被保険者の立場からみれば,療養費の全額をいったん支払わなければならないという不利益を回避できる点で便宜であり,被保険者の療養を受ける機会を増大させる面があることも否定できない。
 ウ 本件取扱いの合理性
 (ア) 上記アのとおり,健康保険法上,療養費の支給自体が例外である上,療養費の支給を現物給付化することは健康保険法の予定していないものであるところ,受領委任払いは,療養費の支給を現物給付化するとともに不正請求や業務範囲を逸脱した施術
を見逃す危険性があるから,健康保険法上,積極的に容認されているとはいえず,受領委任払いの取扱いが認められるのは特例的な措置といわなければならない。したがって,本件取扱いが合理性を有するか否かの判断は,上記前提の下にされるべきであって,単に,柔道整復師に認められているものが,現在あん摩マッサージ指圧師等に認められないことに合理性があるかというだけでは足りないというべきである。
 そこで,このような観点から検討する。上記イ(イ)の事実関係の下において,本件取扱いは,かつては合理性を有していたとしても,その後,整形外科医が増加していることなどがうかがわれる現在,果たしてその合理性があるかについては疑義がないではない。

しかしながら,上記のとおり受領委任払いは特例的措置であるから拡大しない方向で実施ないし運用するのが相当である上,柔道整復師については,正当な理由があって
受領委任払いが認められ,それが長年にわたって継続されてきたという事実があり,限定的とはいえ医師の代替的な機能を果たしていること等を考慮すると,合理性がないとまではいえない。
 (イ) 原告らは,本件取扱いは合理性がない旨主張するが,上記アの健康保険法における療養費支給の趣旨や受領委任払いの意義等を考慮すると,原告らの主張は採
用することができない。
 2 争点(2)について
 (1) 裁量行為と国賠法上の違法
 ア 行政権の行使について当該公務員の裁量が認められる場合は,当該裁量権の濫用,逸脱があった場合に限り,国賠法1条1項にいう「違法」との評価を受けるとい
うべきである。そして,行政権の不行使の違法が問題とされる場合には,裁量行為としての行政権の行使が義務化して,当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反したといえる場合にその違法性が肯定されるところ,裁量権を付与した根拠法規の趣旨,目的を前提として,裁量幅の大小,規制対象たる事物の性質,権限行使に作用する事情など諸般の事情を総合考慮し,権限の不行使が著しく不合理と認められる場合に,裁量権の濫用,逸脱があったものと評価し得るというべきである。
 イ これを本件についてみると,健康保険法87条1項(旧健康保険法44条の2)は,療養費の支給について「療養費を支給することができる」と規定するだけで,その支給方法について何ら規定していないから,具体的にいかなる方法で療養費を支給するか
については,行政庁の合理的な裁量に委ねていると解するのが相当である。
 (2) そこで,本件取扱いが,著しく合理性を欠き,被告国の公務員の裁量権を濫用,逸脱するものといえるかについて検討する。上記1ウのとおり,本件取扱い(保発第4号)は,合理性がないとまではいえないから,憲法14条の平等原則に違反するとはいえない。また,健康保険制度は,被保険者及びその被扶養者の生活の安定を図るための制度であって,施術者の利益を保護するためのものではない。さらに,上記1アのとおり,受領委任払いは,健康保険法上,積極的に容認さ
れているとはいえず,受領委任払いの取扱いが認められるのはあくまでも特例的な措置といわなければならない。

したがって,柔道整復師のように,従来から受領委任払いが認められてきたと
いう沿革のないあん摩マッサージ指圧師等について,新たに受領委任払いを認めることは,困難であると厚生(労働)省の担当者が判断したとしても理由がないとはいえない。
 そうすると,本件取扱いが著しく合理性を欠き,被告国の公務員の裁量権を濫用,逸脱するものとはいえない。
 (3) 以上によれば,被告国の公務員による本件取扱いが違法とはいえないから,被告国は,原告らに対し,損害賠償義務を負わないし,名誉回復措置としての謝罪広告を掲
載する義務もないといわなければならない。
 3 争点(3)について
 不法行為の違法性の判断基準については,被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係において考察されるべきものであり,被侵害利益が強固であれば行為の不法性が小さくとも違法性が肯定されるが,被侵害利益が強固でないときは行為の不法性が大きくない限り違法性は肯定されないと解される。
 これを本件についてみると,本件取扱いが合理性がないとはいえず,したがって,平等原則に反するとはいえない上,本件取扱いにより原告らが侵害されたと主張する利益ないし権利も名誉感情及び名誉である。
 そうすると,被告組合らの本件取扱いが違法であって,不法行為を構成す
るとはいえない。
第4 結論
 よって,その余の主張について判断するまでもなく,原告らの請求はいず
れも理由がないからこれらを棄却し,主文のとおり判決する。
    千葉地方裁判所民事第3部
         裁判長裁判官   山   口    博
           裁判官         武   田   美 和 子
           裁判官        向   井   邦 生

(別紙)
                謝 罪 広 告 目 録
 1 本文
  「あん摩マッサージ指圧師,はり師・きゅう師等に関する法律」によるあん摩マッサージ指圧 師,はり師・きゅう師に対する健康保険の取り扱いについて,厚生省は,柔道整復師に対する取り扱いと異なり,患者が一旦全額支払いをしなければならず,かつ療養費の支給については患者が行わなければならないとの取り扱いを指導してきました。これは,柔道整復師との間で差別的に扱うものであり,あん摩マッサージ指圧師,はり師・きゅう師ならびにこれらの施術を利用する被保険者に対し,理由なく,不当な扱いをしたものでした。
 ここに,今後,この扱いを全面的に改善することを約束するとともに,従来の差別的取り扱いについて謝罪します。
 2 条件
   社会面に縦7㎝横5㎝以上の大きさで掲載する。

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あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件  最高裁判所最終判例 有罪確定

昭和38(あ)1898 あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件  
昭和39年05月07日 最高裁判所第一小法廷 決定 棄却 仙台高等裁判所

          

事件名あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件
裁判年月日昭和39年05月07日
法廷名最高裁判所第一小法廷
裁判種別決定
結果棄却
判例集巻・号・頁第18巻4号144頁

原審裁判所名仙台高等裁判所   
原審事件番号
原審裁判年月日

判示事項あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第一二条にいう「医業類似行為」ということは、概念が明確でないか。
裁判要旨あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第一二条は「何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない」と規定し、同法第一条に掲げるものとは、あん摩(マツサージおよび指圧を含む)、はり、きゆうおよび柔道整復の四種の行為であるから、これらの行為は、何が医業類似行為であるかを定める場合の基準となるものであつて、その概念が明確性を欠くものとはいえない。
参照法条あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法12条,憲法31条

裁判要旨あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第一二条は「何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない」と規定し、同法第一条に掲げるものとは、あん摩(マツサージおよび指圧を含む)、はり、きゆうおよび柔道整復の四種の行為であるから、これらの行為は、何が医業類似行為であるかを定める場合の基準となるものであつて、その概念が明確性を欠くものとはいえない。
参照法条あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法12条,憲法31条

主    文
 本件上告を棄却する。
         
理    由
 弁護人遠藤徳雄、同横溝貞夫、同横溝善正、同楢原由之、同三浦寅之助、同今富博愛、同黒柳和也、同桃井銈次、同滝島克久、同永田喜与志、同下光軍二、同渡辺治湟の上告趣意第一点は事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない(本件HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼすおそれのあるものであるとした原判決の認定は、挙示の証拠関係により是認し得るところであり、原審における所論各鑑定の取捨、判断に所論のような違法は認められない。また所論はa鑑定書、b鑑定書の証拠能力につき云々するが、本鑑定書の作成に宣誓をしない者が共同しているのは、本鑑定の補助的調査に関する部分であつて、本鑑定自体は正当な鑑定人によりなされたものであると認められるから、所論は理由がない。また、原判決としては、本件療法が公共の福祉に反するものであることを判断するにつき、それが原判示のように人の健康に害を及ぼすおそれのあるものであることを認定すれば必要且つ十分であつて、所論のように低周波説、高周波説のいずれに基づくものであるかを判示することは必要ではなく、この点についても原判決には所論の違法は認められない。)。
 同第二点は、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条の医業類似行為の内容が明確でないことを前提として、憲法三一条違反をいうものである。しかし、前記法律一二条は「何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない」と規定し、同法一条に掲げるものとは、あん摩(マツサージおよび指圧を含む)、はり、きゆうおよび柔道整復の四種の行為であるから、これらの行為は、何が同法一二条の医業類似行為であるかを定める場合の基準となるものというべく、結局医業類似行為の例示と見ることができないわけではない。それ故、右一二条が所論のように犯罪行為の明確性を欠くものとは認められず、違憲の主張は前提を欠くものであつて、採るを得ない。
 同第三点は違憲をいうが、実質は単なる訴訟法違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない(所論「后藤伝」は「後藤博」の誤記であることが記録上認められ、予備的起訴は有効たるを失わず、また変更前の訴因と変更後の訴因とを比較すると、その基本となる事実は、特定の日時、場所において特定人に本件療法を施したという点において同一と認められ、公訴事実の同一性を失うものではない。)。
 同第四点は判例違反をいうが、所論引用の判例は、被術者の健康に医学上害を及ぼす虞あるものではないと認められた電気療法に関するものであつて、本件とは事案を異にし、本件に適切でない。それ故所論は採るを得ない。
 被告人本人の上告趣意(追加上告趣意を含む)一は、事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であり、刑訴四〇五条の上告理由に当らない(所論の理由のないことは、前記弁護人遠藤徳雄外一一名の上告趣意第一点に対する説示参照)。
 同二は違憲をいうが、所論の採ることを得ないことについては、前記弁護人遠藤徳雄外一一名の上告趣意第二点に対する説示のとおりである。
 同三は判例違反をいうが、その採るを得ないことは、前記弁護人遠藤徳雄外一一名の上告趣意第四点に対する説示のとおりである。
 その余の論旨は、単なる訴訟法違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない(所論の理由のないことは、前記弁護人遠藤徳雄外一一名の上告趣意第三点に対する説示参照)。
 よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
  
昭和三九年五月七日
     
最高裁判所第一小法廷
      裁判長裁判官   入 江   
俊 郎
          裁判官   斎 藤  朔 郎
          裁判官   長 部  謹 吾
          裁判官   松 田  二 郎

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あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件 最高裁破棄差戻し判決

事件番号 昭和29(あ)2990

事件名 あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件

裁判年月日昭和35年01月27日

法廷名高裁判所 大法廷

裁判種別 判決

結果 破棄差戻し

判例集巻・号・頁 第14巻1号33頁

原審裁判所名 仙台高等裁判所

判示事項 一 あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第一二条、第一四条により禁止処罰される医業類似行為
二 右第一二条、第一四条の合憲性

裁判要旨  一 あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第一二条、第一四条が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのは、人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない。
二 右のような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記第一二条、第一四条は憲法第二二条に反するものではない。
(一につき反対意見がある。)

参照法条 参照法条摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法12条,あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法14条,憲法22条

主    文
     原判決を破棄する。
     本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
         

理    由
 被告人の上告趣意について。
 論旨は、被告人の業としたHS式無熱高周波療法が、、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法にい医業類似行為として同法の適用を受け禁止されるものであるならば、同法は憲法二二条に違反する無効な法律であるから、かかる法律により被告人を処罰することはできない。本件HS式無熱高周波療法は有効無害の療法であつて公共の福祉に反しないので、これを禁止する右法律は違憲であり、被告人の所為は罪とならないものであるというに帰する。
 憲法二二条は、何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有することを保障している。されば、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条が何人も同法一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならないと規定し、同条に違反した者を同一四条が処罰するのは、これらの医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するものと認めたが故にほかならない。ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではない。しかるに、原審弁護人の本件HS式無熱高周波療法はいささかも人体に危害を与えず、また保健衛生上なんら悪影響がないのであるから、これが施行を業とするのは少しも公共の福祉に反せず従つて憲法二二条によつて保障された職業選択の自由に属するとの控訴趣意に対し、原判決は被告人の業とした本件HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところがなく、ただ被告人が本件HS式無熱高周波療法を業として行つた事実だけで前記法律一二条に違反したものと即断したことは、右法律の解釈を誤つた違法があるか理由不備の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。
 よつて、刑訴四一一条一号、四一三条前段に従い、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官田中耕太郎、同下飯坂潤夫、同石坂修一の後記反対意見あるほか、裁判官全員の一致した意見によるものである。
 裁判官田中耕太郎、同下飯坂潤夫の反対意見は次の通りである。
 われわれは、医業類似行為を業とすることの法律による処罰が、「人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨」のものとする多数意見の解釈に賛成することができない。人の健康に害を及ぼす虞れがあるかないかは、療治をうける対象たる「人」の如何によつてちがつてくる。またそれは療治の実施の「方法」の如何にもかかつている。従つて有害無害は一概に判断できない場合がはなはだ多い。この故に法律は医業類似行為が一般的に人の健康に害を及ぼす虞れのあるものという想定の下にこの種の行為を画一的に禁止したものである。個々の場合に無害な行為といえども取締の対象になることがあるのは、公共の福祉の要請からして、やむを得ない。かような画一性は法の特色とするところである。
 要するに本件のような場合に有害の虞れの有無の認定は不必要である。いわんや法律の趣旨は原判決や石坂裁判官の反対意見にのべられているような、他の理由をもふくんでいるにおいておや。つまり無害の行為についても他の弊害が存するにおいておや。
 以上の理由からしてわれわれは本件上告を理由がないものとし、棄却すべきものと考える。
 裁判官石坂修一の反対意見は次の通りである。
 私は、多数意見の結論に賛同できない。
 原審の判示する所は、必ずしも分明であるとはいえないけれども、原審挙示の証拠とその判文とを相俟つときは、原審は、被告人が、HS式高周波器といふ器具を用ひ、料金を徴して、HS式無熱高周波療法と称する治療法を施したこと、即ち右施術を業として行つたこと、HS式無熱高周波療法は、電気理論を応用して、単なる健康維持増進のためのみならず、疾病治療のためにも行はれ、少くとも右HS式無熱高周波療法が、これに使用せられる器具の製作者、施術者並に被施術者の間では、殆んど凡ての疾病に顕著な治療効果があると信ぜられて居ること及び右治療法が、HS式高周波器により二枚の導子を以つて患部を挟み、電流を人体に透射するものであることを認定して居るものと理解し得られる。
 かゝる治療方法は、健康情態良好なる人にとりては格別、違和ある人、或は疾病患者に、違和情態、疾病の種類、その程度の如何によつては、悪影響のないことを到底保し難い。それのみならず、疾病、その程度、治療、恢復期等につき兎角安易なる希望を持ち易い患者の心理傾向上、殊に何等かの影響あるが如く感ぜられる場合、本件の如き治療法に依頼すること甚しきに過ぎ、正常なる医療を受ける機会、ひいては医療の適期を失い、恢復時を遅延する等の危険少なしとせざるべく、人の健康、公共衛生に害を及ぼす虞も亦あるものといはねばならない。(記録に徴しても、HS式高周波器より高周波電流を人体に透射した場合、人体の透射局所内に微量の温熱の発生を見るのであつて、健常人に対し透射時間の短いとき以外、生理的に無影響とはいえない。)
 されば、HS式無熱高周波療法を、健康の維持増進に止まらないで、疾病治療のために使用するが如きことは、何事にも利弊相伴う実情よりして、人体、及びその疾病、これに対する診断並に治療についての知識と、これを使用する技術が十分でなければ、人の保健、公共衛生上必ずしも良好なる結果を招くものとはいえない。したがつて、前記高周波器を使用する右無熱高周波療法を業とする行為は、遽に所論の如く、公共の福祉に貢献こそすれ、決してこれに反しないものであるとなし得ない。
 而してあん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法が、かゝる医業類似行為を資格なくして業として行ふことを禁止して居る所以は、これを自由に放置することは、前述の如く、人の健康、公共衛生に有効無害であるとの保障もなく、正常なる医療を受ける機会を失はしめる虞があつて、正常なる医療行為の普及徹底並に公共衛生の改善向上のため望ましくないので、わが国の保健衛生状態の改善向上をはかると共に、国民各々に正常なる医療を享受する機会を広く与へる目的に出たものと解するのが相当である。
 したがつて原判示の如き器具を使用て、原判示の如き医業類似行為を業とすることを禁止する本法は、公共の福祉のため、必要とするのであつて、職業選択の自由を不当に制限したとはいえないのであるから、これを憲法違反であるとは断じ得ない。単に治療に使用する器具の物理的効果のみに着眼し、その有効無害であることを理由として、これを利用する医業類似の行為を業とすることを放置すべしとする見解には組し得ない。
 原判示は以上と同趣旨に出で居るのであるからこれを維持すべきものであると考へる。
 検察官 安平政吉公判出席。
  昭和三五年一月二七日
     最高裁判所大法廷
       
裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    石   坂   修   一

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あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件

関係法規 関係法規

著者:医事法制研究会
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事件番号昭和29(あ)2861
事件名あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件
裁判年月日昭和36年02月15日
法廷名最高裁判所大法廷
裁判種別判決
結果棄却
判例集巻・号・頁第15巻2号347頁

原審裁判所名大津簡易裁判所   
原審事件番号
原審裁判年月日

判示事項あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復法第七条の合憲性
裁判要旨あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復法第七条は、憲法第一一条ないし第一三条、第一九条、第二一条に違反しない。
(補足意見および少数意見がある。)
参照法条あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法7条,憲法11条,憲法12条,憲法13条,憲法19条,憲法21条
      

主    文
    本件上告を棄却する。
    当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         
理    由
 被告人の上告趣意について。
 あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法七条は、あん摩、はり、きゆう等の業務又は施術所に関し、いかなる方法によるを問わず、同条一項各号に列挙する事項以外の事項について広告することを禁止し、
同項により広告することができる事項についても、施術者の技能、施術方法又は経歴に関する事項にわたつてはならないものとしている。そして本件につき原審の適法に認定した事実は、被告人はきゆう業を営む者であるところその業に関しきゆうの適応症であるとした神経痛、リヨウマチ、血の道、胃腸病等の病名を記載
したビラ約七〇三〇枚を判示各所に配布したというのであつて、その記載内容が前記列挙事項に当らないことは明らかであるから、右にいわゆる適応症の記載が被告人の技能を広告したものと認められるかどうか、
またきゆうが実際に右病気に効果があるかどうかに拘らず、被告人の右所為は、同条に違反するものといわなければならない。
 論旨は、本件広告はきゆうの適応症を一般に知らしめようとしたものに過ぎないのであつて、何ら公共の福祉に反するところはないから、同条がこのような広告までも禁止する趣旨であるとすれば、同条は憲法一一条ないし一三条、一九条、二一条に違反し無効であると主張する。しかし本法があん摩、はり、きゆう等の業務又は施術所に関し前記のような制限を設け、いわゆる適応症の広告をも許さないゆえんのものは、もしこれを無制限に許容するときは、患者を吸引しようとするためややもすれば虚偽誇大に流れ、一般大衆を惑わす虞があり、その結果適時適切な医療を受ける機会を失わせるような結果を招来することをおそれたためであつて、このような弊害を未然に防止するため一定事項以外の広告を禁止することは、国民の保健衛生上の見地から、公共の福祉を維持するためやむをえない措置として是認されなければならない。されば同条は憲法二一条に違反せず、同条違反の論旨は理由がない。
 なお右のような広告の制限をしても、これがため思想及び良心の自由を害するものではないし、また右広告の制限が公共の福祉のために設けられたものであることは前示説明のとおりであるから、右規定は憲法一一ないし一三条及び一九条にも違反せず、この点に関する論旨も理由がない。
 よつて刑訴四一四条、三九六条、一八一条に従い主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官垂水克己、同河村大助の補足意見、裁判官斎藤悠輔、同藤田八郎、同河村又介、同奥野健一の少数意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである
 裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。
 心(意思)の表現が必ずしもすべて憲法二一条にいう「表現」には当らない。財産上の契約をすること、その契約の誘引としての広告をすることの如きはそれである。アメリカては憲法上思想表現の自由、精神的活動の自由と解しこれを強く保障するが、経済的活動の自由はこの保障の外にあるものとされ、これと同じには考えられていないようである。
 本法に定めるきゆう師等の業務は一般に有償で行われるのでその限りにおいてその業務のためにする広告は一の経済的活動であり、財産獲得の手段であるから、きゆう局的には憲法上財産権の制限に関連する強い法律的制限を受けることを免れない性質のものである。この業務(医師、殊に弁護士の業務も)は往々
継続的無料奉仕として行われることも考えられる。しかし、それにしても専門的知識経験あることが保障されていない無資格者がこれを業として行うことは多数人の身体に手を下しその生命、健康に直接影響を与える仕事であるだけに(弁護士は人の権利、自由、人権に関する大切な仕事をする)公共の福祉のため危険であ
り、その業務に関する広告によつて依頼者を惹きつけるのでなく「桃李もの言わねども下おのづから蹊をなす」ように、無言の実力によつて公正な自由競争をするようにするために、法律で、これらの業務を行う者に対しその業務上の広告の内容、方法を適正に制限することは、経済的活動の自由、少くとも職業の自由の制
限としてかなり大幅に憲法上許されるところであり、本法七条にいう広告の制限もかような制限に当るのである。そのいずれの項目も憲法二一条の「表現の自由」の制限に当るとは考えられない。とはいえ、本法七条広告の制限は余りにも苛酷ではなかろうか、一般のきゆう師等の適応症を広告すること位は差支ないではないか、外科医に行かず近所の柔道整復師で間に合うことなら整復師に頼みたいと思う人には整復師の扱う適応症が広告されていた方がよいのではないか、といつたような疑問は起こる。また、本法七条が適応症の広告を禁止した法意は、きゆう師等が(善意でも)適応症の範囲を無暗に拡大して広告し、広告多ければ患者多く集まるという、不公正な方法で同業者または医師と競争し、また、重態の患者に厳密な医学的診断も経ないで無効もしくは危険な治療方法を施すようなことを防止し、医師による早期診断早期治療を促進しようとするにあるようにも思える。とすれば憲法三一条に違反する背理な刑罰法規ともいえないのではないか。
 とに角、本法七条広告の禁止は憲広二一条に違反しない。むしろ同条の問題ではない。だから、この禁止条項が適当か否かは国会の権限に属する立法政策の問題であろう。
 裁判官河村大助の補足意見は次のとおりである。
 原判決の確定した事実関係の要旨は、被告人はきゆう業を営むものであるところ、きゆうの適応症であるとした神経痛、リヨウマチ、血の道、胃腸病等の病名を記載したビラ約七〇三〇枚を配付し以て法定の事項以外の事項について広告したというのである。
 そこで右認定の証拠となつた押収の広告ビラ(特に証二、五号)を見るに(一)a町の大野灸と題し、施術所の名称、施術時間等あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法(以下単に法と略称する)第七条一項に
おいて許された広告事項の記載が存するの外(二)きゆうの適応症として数多くの疾病が記載され更にその説明が附記されている。例えば「灸の効くわけ」として、「○熱いシゲキは神経に強い反応を起し、体の内臓
や神経作用が、興奮する○血のめぐりが良くなり、血中のバイ菌や病の毒を消すメンエキが増へる○それ故体が軽く、気持が良くなりよく寝られる、腹がへる等は灸をした人の知る所である◎(注射や服薬で効かぬ人は灸をすると良い)」「人体に灸ツボ六百以上あり、病によつてツボが皆違ふ故ツボに、すえなければ効果は
ない」等の説明が附記されている。しかして右のようにきゆう業者の広告に適応症としての病名やその効能の説明が(一)の許された広告事項に併記された場合には、その広告は法第七条二項の「施術者の技能」に関する事項にわたり広告したものということかできる。蓋しきゆうは何人が施術するも同様の効果を挙げ得るものではなく、それぞれの疾病に適合したツボにすえることによつて効果があるものであるから、施術者又は施術所ときゆうの適応症を広告することは、その施術者の技能を広告することになるものと解し得るからである。 されば本件広告は法第七条二項に違反するものというべく、この点の原判示はやや簡略に過ぎる嫌いはあるが、要するに本件ビラの内容には適応症及びその説明の記載があつて施術者の技能に関する事項に
わたる広告をした事実を認定した趣旨と解し得られるから、同法七条違反に問擬した原判決は結局相当である。
 広告の自由が憲法二一条の表現の自由に含まれるものとすれば、昭和二六年法律第一一六号による改正に当り法第七条一項において一定事項以外の広告を原則的に禁止するような立法形式をとつたことにつ
いては論議の余地があろう。しかし、同条二項は旧法第七条の規定の趣旨をそのまま踏襲したものであつて、即ち施術者の技能、施術方法又は経歴に関する事項は、患者吸引の目的でなす、きゆう業広告の眼目
であることに着眼し、これを禁止したものと見られるから、第一項の立法形式の当否にかかわりなく、独立した禁止規定として、その存在価値を有するものである。そこで本件被告人の所為が既述の如く右第二項の施術者の技能に関する広告に該当するものである以上本件においては、右第二項の禁止規定が表現の自由の合理的制限に当るかどうかを判断すれば足りるものと考えられる。ところで右第二項の立法趣旨は、技
能、施術方法又は経歴に関する広告が患者を吸引するために、ややもすれば誇大虚偽に流れやすく、そのために一般大衆を惑わさせる弊害を生ずる虞れがあるから、これを禁止することにしたものと解せられる。さ
れば右第二項の禁止規定は広告の自由に対し公共の福祉のためにする必要止むを得ない合理的制限ということができるから、憲法二一条に違反するものではない。その他右規定が憲法一一条ないし一三条、一九条に違反するとの論旨も理由がない。
 裁判官斎藤悠輔の少数意見は、次のとおりである。
 わたくしは、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法七条の立法趣旨は、多数説と同じく、「もし広告を無制限に許容するときは、患者を吸引しようとするためややもすれば虚偽誇大に流れ、一般大衆を惑わす
虞があり、その結果適時適切な医療を受ける機会を失わせるような結果を招来することをおそれたためである」と解する。従つて、広告が同条違反であるとするには、ただ形式的に同条一項各号に列挙する事項以外
の事項について広告したというだけでは足りず、さらに、現実に前記のごとき結果を招来する虞のある程度の虚偽、誇大であることを要するものといわなければならない。すなわち薬事法三四条とほぼ同趣旨に解す
るのである。
 しかるに、原判決の確定したところによれば、本件広告は、きゆうの適応症であるとした神経痛、リヨウマチ、血の道、胃腸病等の病名を記載したというだけであつて、虚偽、誇大であることは何等認定されていない
のである。そして、きゆうがかかる疾病に適応する効能を有することは顕著な事実である。従つて、本件は、罪とならないものと思う。
 多数説は、形式主義に失し、自ら掲げた立法趣旨に反し、いわば、風未だ楼に満たなのに山雨すでに来れりとなすの類であつて、当裁判所大法廷が、さきに、「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条、一四条が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのは、人の健康に害を及ぼす虞のある業務所為に限局する趣旨と解しなければならない」旨判示した判例(昭和二九年(あ)二九九〇号同三五年一月二七
日大法廷判決判例集一四巻一号三三頁以下)の趣旨にも違反するものといわなければならない。もし、前記七条一項各号に列挙する事項以外の事項を広告したものは、その内容の如何を問わず、すべて処罰する趣旨であると解するならば、奥野裁判官らの説くかごとく、同規定は憲法二一条に反し無効であるというべきで
ある。因に、前記七条と同形式の医療法六九条、七〇条の規定は、漢方医たる標示を禁止するもののごとくであるが(A著東洋医学とどもに一一六頁以下参照)、もし然りとすれば、かかる規定もまた憲法二一条違反と解すべきである。
 裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。
 「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法」七条は、あん摩業、はり業、きゆう業若しくは柔道整復業又はこれらの施術所に関しては、何人も、いかなる方法によるを問わず、左に掲げる事項以外の事項について、広告をしてはならない。
一 施術者である旨並びに施術者の氏名及び住所
二 第一条に規定する業務の種類
三 施術所の名称、電話番号及び所在の場所を表示する事項
四 施術日又は施術時間
五 その他厚生大臣が指定する事項
 前項第一号乃至第三号に掲げる事項について広告をする場合にも、その内容は、施術者の技能、施術方法又は経歴に関する事項にわたつてはならない。と規定している。
 同条が、広告の内容が施術者の技能、施術方法又は経歴に関する事項にわたることを禁止していることは、合理的な理由なしとしないであろう。しかし、単なるきゆうの一般的な適応症の広告のごときは、それが虚偽誇大にわたらないかぎり、これを禁止すべき合理的な理由のないことは奥野裁判官の少数意見の説くとおりである。されば同法同条も、施術者の技能、施術方法又は経歴に関する事項にわたらないかぎり、単なる一般的な適応症の広告はこれを禁じていないものと解すべきである。若し、多数意見のごとく同条は同条所定以外一切の事項の広告を禁ずるものと解するならば、同条は憲法の保障する表現の自由をおかすものとならざるを得ないことまた奧野裁判官の説くとおりである。
 しかるに、本件の起訴にかかる事実、また本件第一審判決の認定する事実は「きゆうの適応症であるとした神経痛、リヨウマチ、血の道、胃腸病等の病名を記載したビラ」「を配布し」たというのであつて、かかるきゆうの一般的な適応症の記載のごときは本法七条の禁止するところでないと解すべく、従つて本件公訴事実は
同条違反の犯罪事実を構成しないものであつて、本件に関するかぎり、同法七条の合憲なりや違憲なりやを論ずるの要はないものというべきである。本件の処理としては、第一審判決を破棄して無罪の言渡をすべきであると思う。
 裁判官奥野健一の少数意見は次のとおりである。
 広告が憲法二一条の表現の自由の保障の範囲に属するか否かは多少の議論の存するところであるが、同条は思想、良心の表現の外事実の報道その他一切の表現の自由を保障しているのであつて、広告の如きもこれに包含されるものと解するを相当とする。広告が商業活動の性格を有するからといつて同条の表現の自由の保障の外にあるものということができない。しかし、表現の自由といえども絶対無制限のものではなく、
その濫用は許されず、また公共の福祉のため制限を受けることは他の憲法の保障する基本的人権と変らない。従つて、広告がその内容において虚偽、誇大にわたる場合又は形式、方法において公共の福祉に反する場合は禁止、制限を受けることは当然のことである。
 あん摩師、はり師、きゆり師及び柔道整復師法七条は、きゆう業を営む者はその業に関しきゆう等の適応
症について一切広告することを禁止している。すなわち、虚偽、誇大にわたる広告のみならず適応症に関す
る真実、正当な広告までも一切禁止しているのであつて、これに反する者を刑罰に処することにしているのである。
 (明文上同条が正当な適応症の広告は禁止していないと解することは到底できない。)そもそも、本法はきゆう等の施術を医業類似の行為として一定の資格を有する者に対し免許によりこれを業とすることを許して
いるのである。すなわち、きゆう等の施術が何らかの病気の治療に効果のあることを認めて、その業務につき免許制を採用しているのである。従つて、その施術が如何なる病気に効能があるか、真実、正当に世間一
般に告知することは当然のことであつて、かかる真実、正当な広告まで全面的に禁止しなければならない保健、衛生上その他一般公共の福祉の観点からもその理由を発見することができない。これは正に不当に表現の自由を制限しているものという外はない。
 多数意見は、「もしこれ(広告)を無制限に許容するときは、患者を吸引しようとするためややもすれば虚偽誇大に流れ、一般大衆を惑わす虞がある」というのであるが、単に広告が虚偽誇大に流れる虞があるからといつて、真実、正当な広告までも一切禁止することは行き過ぎである。成程、取締当局としては予め一切の広告を禁止しておけば、虚偽、誇大にわたる広告も自然防止することができるであろうが、かくては正当な広
告の自由を奪うものであつて、取締当局の安易な措置によつて、正当な表現の自由を不当に制限するものである。これは恰も集団示威行進が時として公安を害する危険性を包蔵するからといつて、公安を害する直
接、明白な危険もないのに、予め一切の集団行進を禁止するのと同様であつて、到底是認することができない。このことは人命、身体こきゆう等より重大な影響を持つ医薬品についてさえ薬事法三四条が虚偽又は誇
大な広告のみを禁止しているのと対比して考えても、きゆう等について特に医薬品と区別して正当な広告までも一切禁止しなければならない合理的根拠を発見することができない。また、多数意見は「その結果適時適切な医療を受ける機会を失わせるような結果を招来する」というのであるが、若し然りとすれば、むしろ当初からきゆう等の施術の業務を禁止すべきであつて、既に医業類似行為として病気治療上効果のあることを
認めて、その業務を免許しておきながら、その施術を受けると適時適切な医療を受ける機会を失わせるとの理由で、正当な広告までも禁止することは、それ自体矛盾であるという外はない。
 なお、一切の適応症の広告が禁止されている法制を前提として、これを甘受して自ら進んで免許を受けた者であるから、今更適応症の広告禁止の違憲を主張することは許されないのではないかという疑問もあるが、かかる憲法の保障する表現の自由の制限を免許の条件とするが如きことは許されざるところどあるか
ら、かかる議論も成り立たない。
 これを要するに、本法七条が真実、正当な適応症の広告までも一切禁止したことは不当に表現の自由を制限した違憲な条章であつて無効であると断ずるの外なく、同条に則り被告人を処罰せんとする第一審判決は違憲であるから破棄を免れない。
 裁判官河村又介は、裁判官奥野健一の右少数意見に同調する。
 検察官清原邦一、同村上朝一公判出席
  昭和三六年二月一五日
     最高裁判所大法廷
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   橋       潔
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    石   坂   修   一
 裁判長裁判官田中耕太郎、裁判官小谷勝重は退官、裁判官垂水克己は病気につき署名押印することがで
きない。
            裁判官    島           保

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